≪ 原賀式『Cv 接着設計法』≫
作成:2015/4/18 Ver.2.0 Rev.1.2
原賀式『Cv接着設計法』は、許容不良率、ばらつき、劣化、内部破壊を考慮して、高品質な接着を簡易に達成するための設計法です。
●原賀式「Cv接着設計法」、「設計基準強度と設計許容強度の算出法」が、日本海事協会(ClassNK)の「構造用接着剤使用のためのガイドライン(2015/12発行)」の設計許容強度の計算基準として採用されました。
1.はじめに
接着剤による接合は、その特徴・機能から各種の産業分野で高度な適用がなされている。しかし、ボルト・ナットや溶接のように「工業的に汎用的な接合方法」とはなり得ていない。これは、接着剤による接合は、設計基準や設計手順が不明確であるため、適用までに多大な検証試験が必要であり、十分な開発期間と開発リソースがない場合には適用が困難なためである。
これまでに、高信頼性接着の基本条件として、(1)接着部の破壊状態は、凝集破壊率が40%以上であること、(2)初期の接着強度の変動係数は、0.10以下であること、の2点を満たすことの重要さを述べてきた1,2)。また、ばらつき、内部破壊、劣化を考慮して多大な評価試験なしで簡易に強度設計を行うために、接着強度設計における設計基準強度と設計許容強度の考え方を示してきた3)。
ここでは、これらをさらに発展させ、想定以上の不良を発生させないという「高信頼性」と「特性のばらつきの少なさ」を両立させて「高品質」を確保するために、接着部に加わる力に対して何倍の強度になるように接着部を設計すれば良いかを簡易に求められる設計法を開発したので、これについて解説する。なお、この設計法では、変動係数Cvで考えて行くので、「Cv接着設計法」と名付けた。
原賀式『CV接着設計法』を使用するための前提条件
高信頼性接着の基本条件(詳細はここを参照)である、次の二つの条件を満足するところまで作り込まれていることが最低限必要です。
(1)接着部の破壊状態 凝集破壊率が40%以上になっていること
(2)接着強度の変動係数Cv 0.10以下であること
2.信頼性と品質
「信頼性に優れている」というのは、製品や部品の耐用年数など、製品や部品が実際に使用されるある一定の期間に発生する不良率が低いと言うことである。発生不良率を低くするために、製品や部品の開発初期の段階で、一定期間に発生する許容できる不良率の上限値を決めて、それを満足するように開発が行われる。この一定期間に発生する許容できる不良率は「許容不良率」と呼ばれている。一般に、耐用年数までに発生する許容不良率は、製品や部品の重要さによって1/10万、1/100万、1/1000万などに規定されることが多く、数字が小さいほど信頼性が高く設定されているということである。
不良が発生しなければ製品や部品としては問題ないともいえるが、製品や部品ごとの特性のばらつきが大きければ「品質に優れている」とは言いがたい。即ち、図1に示すように、品質というのは顧客の満足度であり、壊れないという「信頼性」はその構成要素の一部である。「高品質」といえるには、不良が出ないことはもちろんであるが、「特性のばらつきが小さい」ことも重要である。
特性のばらつきの規定としては、「工程能力指数Cp」が広く使われている。工程能力指数では、図2に示すように、特性の平均値μに対して、上側規格値USLと下側規格値LSLが規定されており、上側規格値以上、下側規格値以下のものは不合格とされる。上側規格値と下側規格値の差が小さいほど品質が高く設定されているということである。工程能力指数Cpは、(1)式で定義されている。
工程能力指数Cp=(USL-LSL)/6σ(σは標準偏差)・・・・(1)
接着強度など上側規格値を規定する必要がない場合は、下側規格値のみが規定され、CpLと表記され、(2)式で定義される。
CpL=(μ-LSL)/3σ(μは平均値)・・・・(2)
CpLは、1.33、1.50、1.67などに設定される場合が多い。CpLの値は、品質のレベルを示すものではなく、不合格品の割合を規定するもので、CpL値が大きいほど不合格品の割合が少ないということである。品質の高さ(ばらつきの少なさ)は下側規格値LSLで規定され、LSLが平均値μに近いほど、品質レベルが高くなる。
3.許容不良率F(x)、工程能力指数CpL、変動係数Cv、信頼性指数R、ばらつき係数dの関係
許容不良率や工程能力指数を扱う場合には、特性が正規分布しているとして扱うが、被着体の伸びや変形が小さくて接着部の凝集破壊率が高い場合には、接着強度は正規分布になる2)。正規分布の確率密度関数f(x)は(3)式で示され、分布の形は図2のような左右対称となり、全体の面積は1となる。
許容不良率(以下F(x)と示す)は、図2に示すように、正規分布の全体の面積に対する下限側の面積の割合である。許容不良率の上限強度をpとすると、累積密度F(x)は(4)式で表される。
(4)式により、平均値μに対する許容不良率の上限強度pの比p/μと標準偏差σ/平均値μの関係を計算してプロットすると、図3に示すように、直線関係となり、直線の傾きは許容不良率F(x)が小さいほどきつくなる。一般に、横軸の標準偏差σ/平均値μは変動係数Cvと呼ばれている。図4に示すように、許容不良率F(x)が同一でも、ばらつきの大きさによって許容不良率の上限強度pは変化し、ばらつきが小さいほどp/μは高くなる。そこで、p/μをばらつき係数dと定義する。
品質管理において、部品の寸法や電気的特性のように、非破壊で全数の検査ができる場合は、工程能力指数の下側規格値LSL以下の特性の物を検査工程で排除することができるが、接着強度は非破壊での検査はできないため、下側規格値LSL以下の強度のものを排除できず、市場に流れ出ることとなる。この点から、接着強度においては、下側規格値LSLは、検査の規格値としての意味はなく、市場に流出する不合格品の割合を規定する規格値と考えるのが妥当である。即ち、図2のように、下側規格値LSLは許容不良率F(x)の上限強度pと同一で、LSL=pと考えなければならない。
工程能力指数という言葉から工程管理の手法と誤解されないように、本稿では以下、工程能力指数CpL=(μ-LSL)/3σの考え方を借りて、信頼性指数Rを(5)式のように定義する。
信頼性指数R=(μ-p)/3σ・・・・(5)
σ=変動係数Cv×平均値μなので、(5)式から(6)式が得られる。
p/μ=ばらつき係数d=1-3R×Cv・・・・・・(6)
(6)式でRの値が、1.00、1.33、1.50、1.67、2.00の場合を図3中に示した。R=1.00、1.33、1.50、1.67、2.00は、それぞれ許容不良率F(x)で表すと1.35/1000、3.17/10万、3.40/100万、2.87/1000万、1/10億に相当する。
ここまでに示してきたことから、信頼性のレベルを表すものは、信頼性指数のR値や許容不良率F(x)であり、ばらつきの大きさを表すものは、ばらつき係数d(=p/μ)であり、dが1に近いほど品質が高い、ということがわかる。
4.高品質を満足する条件
4.1 接着部に加わる外力、平均接着強度μとばらつき係数dの関係
接着部の外力による破壊は、接着部に加わる力の大きさと接着強度の関係で決まる。図5に示すストレス・ストレングスモデルのように、接着部に加わる力の大きさも分布しており、接着強度の分布と加わる力の分布が交わる領域で破壊不良が生じるが、接着部に加わる力の分布は明確になっていない場合も多いので、ここでは、接着部に加わる最大の力Pmaxで考え、Pmax以下の接着強度のものが破壊すると考える。許容不良率以上の不良を出さないためには、許容不良率F(x)の上限強度pがPmaxより高ければ良いことがわかる。また、3で述べたように、ばらつき係数d(=p/μ)が大きいほど、分布はシャープとなり、品質が高くなる。
これらのことから、不良率が低く、しかもばらつきが少ない高品質を得るための条件は、p≧Pmax(d≧Pmax/μ)で、かつ、ばらつき係数d(=p/μ)が1に近いこととなる。
4.2接着強度の変動係数Cv
4.2.1 接着強度の変動係数Cvはどのくらい必要か
品質を考える場合、多数個接着した物の中に平均強度の半分以下しか強度がないものが含まれていては品質が高いとは到底言えない。平均強度の1/2以上を有していることは、最低限の品質レベルとして必要であろう。高品質と言えるためには、平均強度の70%以上は必要と思われる。これを一つの基準と考えて、図3より、ばらつき係数dが0.50以上となる変動係数Cvを求めてみると、信頼性指数Rが1.33、1.50、1.67の場合は、それぞれ0.125以下、0.11以下、0.10以下となる。同様に、ばらつき係数dが0.70以上となるためには、変動係数Cvはそれぞれ0.075以下、0.067以下、0.06以下が必要となる。
4.2.2 変動係数Cvはどの程度まで小さくできるか
筆者の実績では、接着強度の変動係数Cvを、溶接やリベットなどと同等レベルの0.003まで抑えた実績があるが、Cvをここまで小さくする事は容易ではない。変動係数Cvを0.10まで小さくする事は品質確保に最低限必要であり、接着剤や表面処理によって凝集破壊する状態まで作り込めばさほど困難ではない。さらなる諸条件の最適化による作り込みによって0.04程度まで小さくする事は可能であり、相当な作り込みを行えば0.02程度まで小さくする事も可能である。しかし、0.02以下にすることは非常に困難であり、ここが接着接合の品質の一つの限界といえる。この点から、図3より、ばらつき係数dを0.90以上にすることは事実上困難であることがわかる
5.内部破壊
接着継手を設計する場合に、破断強度を接着強度と考えて良いのであろうか。金属でも引張り試験を行うと、弾性的変形から耐力や降伏強度を超えると塑性変形に変わり、最終的に破断するが、破断強度が設計強度として用いられることは決してない。耐力や降伏強度、疲労強度などを考慮してより低い強度が用いられる。現時点で、真の接着強度を何で考えるべきかについては明確化されていないが、ここでは、破断以前の低荷重域で生じる内部破壊で考える。
図6は、接着継手の引張りせん断試験における伸びと荷重の関係の模式図である。最終的には破断するが、破断以前の低荷重負荷の段階から接着部の内部では細かい破壊が始まっている。ここでは、最初に内部破壊が始まる点を接着強度と考えることとする。
表1は、AE(Acoustic Emission)によって引張りせん断接着試験片の内部破壊を測定し、破断荷重に対する最初のAE発生荷重の比(AE発生開始荷重比)を求めた結果である。表面処理を変えて凝集破壊する場合と界面破壊する場合について試験をしている。この結果より、凝集破壊の場合は、3個の試験片中最も悪い物では、破断荷重の51%の荷重で内部破壊が始まっている。界面破壊の場合は、3個中2個は、破断荷重の10%以下の負荷荷重で内部破壊が始まっている。高信頼性接着の基本条件の一つとして、凝集破壊率は40%以上必要なことをこれまでに示してきた1,2)。本稿でも凝集破壊の場合を前提として話を進める。
静荷重負荷におけるAE発生開始荷重比を内部破壊係数h1と表し、上記の結果より、とりあえずh1=0.5とする。とりあえずと書いたのは、内部破壊の測定はほとんどなされていないためである。今後、多数の測定がなされ、多くの結果が発表されてくることを期待したい。
繰返し疲労などの高サイクル疲労が加わる場合は、疲労破壊は内部破壊の蓄積によるものと考え、静的破断強度に対する疲労試験のS-N線図の107回における強度の比を内部破壊係数h2とし、ここではh2=0.25とする3)。なお、高温片振り疲労ではクリープによる強度低下も加わるので、h2はさらに低くなる場合もある。
冷熱サイクルが加わる場合は、低サイクルの熱応力の繰返しによる破壊と考え、静的破断強度に対する疲労試験のS-N線図の104回における強度の比を内部破壊係数h3とし、ここではh3=0.45とする3)。
6.環境劣化による接着強度の低下とばらつきの増加
6.1 接着強度の低下
環境劣化により、接着強度は低下する。図7に示すように、初期の平均強度をμ0、環境劣化後の平均強度をμyとし、μy/μ0を劣化後の接着強度の保持率ηyと表す。
高品質の接着であるためには、耐用年数経過後の保持率は、悪くても50%以上、望ましくは70%以上を保っていることが必要と考える。長期劣化後の保持率が50%以下まで大きく低下するような場合には、予測できない劣化モードが混在していることも考えられ、耐久性評価試験での寿命推定が困難となるためである。
6.2 ばらつきの増加
図7に示すように、劣化により、接着強度のばらつきは増加する。ばらつきの増加は、接着強度の変動係数Cvの増大として扱う。初期の変動係数をCv0、劣化後の変動係数をCvy、劣化による変動係数Cvの増大率をkと表すと、(7)式となる。
Cvy=k×Cv0・・・・(7)
標準偏差の増加として扱わないのは、劣化後は平均値が低下しているので、劣化後の標準偏差が初期の標準偏差より大きくなるとは限らないためである。
ここで、kは、筆者の多くの試験データーと製品の実績から、屋外で30年間使用されるような場合でも最大で1.5と考えられ、より耐用年数が短い場合や使用環境が緩い場合は、1.2や1.4で良いと考えられる。
7.初期の必要平均接着強度を求める設計式
7.1 内部破壊を考慮しない場合
図7に示すように、許容不良率F(x)における初期の上限強度をp0、劣化後の上限強度をpyと表す。信頼性指数Rが1.67(F(x)=2.87/1000万に相当)で、初期の許容不良率におけるp0が平均強度μ0の70%(即ち、初期のばらつき係数d0=0.70)要求され、劣化後保持率ηyが50%(ηy=0.50)の場合を例に、劣化後のpyを求めてみる。まず、初期のばらつき係数d0=0.70なので、図3または(6)式から、初期の変動係数Cv0は0.06となる。次に、劣化後の変動係数Cvyを求める。ここでは、劣化による変動係数の増大率kを1.5とすると、(7)式より、Cvy=0.09となる。図3または(6)式より、Cvy=0.09の場合のpy/μy(=ばらつき係数dy)を求めると0.55となる。劣化後の強度保持率ηy=μy/μ0=0.50なので、py/μy=py/0.50μ0=0.55となり、py=0.275μ0となる。劣化後においても、pyは、接着部に加わる最大の力Pmaxより高い事が必要であるので、Pmax≦py=0.275μ0から、μ0≧Pmax/0.275=3.64Pmaxとなり、初期の平均強度は接着部に加わる最大の力の3.64倍以上あれば、高信頼性の接着が確保できるとなる。
これを式で表すと設計式(8)となる。
μ0/Pmax=1/[{1-k(1-p0/μ0)}ηy]=1/[{1-k(1-d0)}ηy]・・・・
(8)
7.2 内部破壊を考慮した場合
5で述べたように、接着の強度設計を行う場合は、破断強度ではなく、内部破壊を考慮した強度で考える必要がある。内部破壊を考慮した接着強度は、破断強度×内部破壊係数となるので、内部破壊を考慮した初期の必要な破断強度をμ0hとすると、μ0=μ0h×内部破壊係数hとなり、設計式(8)は、設計式(9)のように修正される。
μ0h/Pmax=1/[h{1-k(1-d0)}ηy]・・・・(9)
7.1で求めた3.64倍以上は、内部破壊を考慮すると、静的強度のみが加わる場合にはh1=0.50なので7.28倍以上、高サイクル疲労が加わる場合はh2=0.25なので14.56倍以上、冷熱サイクルなどの低サイクル疲労が加わる場合はh3=0.45なので8.09倍以上必要となる。
7.3 安全率を考慮した場合
実際の構造設計では、安全率Sを見込む必要があるので、必要な初期の平均破断強度は、μ0h×Sとなる。既に接着強度のばらつきや劣化、内部破壊などを考慮しているので、安全率Sは、1.5~2.0倍で良いと考えられる。安全率Sと内部破壊を考慮した初期の平均破断強度をμ0hsとすると、設計式(9)は、設計式(10)のように修正される。
μ0hS/Pmax=S/[h{1-k(1-d0)}ηy]・・・・(10)
安全率Sを1.5とすると、7.2で求めた必要倍率は、静的強度のみが加わる場合には10.92倍以上、高サイクル疲労が加わる場合は21.84倍以上、冷熱サイクルなどの低サイクル疲労が加わる場合は12.14倍以上となる。
8.まとめ
不良率が低く、接着強度のばらつきも小さい高品質な接着部を簡易に設計するための原賀式「Cv設計法」について述べた。まとめると以下のようになる。
(1)不良率を低下させるためには、許容不良率F(x)をできるだけ低く設定する。あるいは、信頼性指数R値をできるだけ高く設定する。
(2)強度ばらつきを小さくして品質を高くするためには、ばらつき係数d(=p/μ)(μ:平均値、p:許容不良率F(x)における上限強度)をできるだけ高くする。
(3)必要な変動係数Cvは、Cv≦(1-d)/3Rで求められる。
(4)接着部の強度設計を行うには、破断強度ではなく、内部破壊開始強度で考える必要がある。
(5)内部破壊、劣化(強度低下とばらつき増大)、安全率を考慮した初期の接着部の平均破断強度μ0hsが接着部に加わる最大の力Pmaxの何倍あれば良いかを求める設計式は次の通りである。
μ0hS/Pmax=S/[h{1-k(1-d0)}ηy]
ここで、安全率Sは1.5~2.0程度、内部破壊係数hは、静的負荷力だけが加わる場合はh1=0.50、高サイクル疲労が加わる場合はh2=0.25、冷熱サイクルなどの低サイクル疲労が加わる場合はh3=0.45程度、劣化による変動係数Cvの増大率kは1.5以下、p0/μ0は0.5以上、劣化後の強度保持率ηyは0.50以上である。
(6)高信頼性接着の基本は、凝集破壊率を高くする作り込みを行い、変動係数Cvを小さくする事である。
参考文献
1) 原賀康介;接着の技術誌,Vol.32, No.3, P.62 (2012).
2) 原賀康介;日本接着学会誌,Vol.,50. No.,3, P.102 (2014).
3)
原賀康介;日本接着学会誌,Vol.,50. No.,2, P.53 (2014).
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株式会社 原賀接着技術コンサルタント