≪接着・原賀塾≫

講師:(株)原賀接着技術コンサルタント

首席コンサルタント、工学博士

原賀康介

7.初期室温での必要強度と必要Cv値を簡易に求める<Cv接着設計法>

7.1 <Cv接着設計法>とは

接着部がどのくらいの力に耐えなければならないか、即ち、<接着部の必要な強度>がわからなければ設計はできません。評価試験などを行っていない開発初期の段階で、初期(劣化前)室温での接着部の必要平均強度と必要変動係数Cv値を簡易に見積もる方法がCv接着設計法>です。

 <Cv接着設計法>は、1990年代の中頃から社内で用いており、実績を踏まえて退職後の2015年に論文発表(文献7-1)し、その後も改良を重ねた方法です。

 この方法は、201512月に発行された日本海事協会(ClassNK)の「構造用接着剤使用のためのガイドライン」(文献7-2)にも、設計許容強度の基準として採用されており、「接着部の必要な平均破断強度は、接着部に加わる力の40倍以上必要」と規定してあります。

(文献7-1)原賀康介: “ばらつき、劣化、内部破壊を考慮して高品質を確保する「Cv接着設計法」” ,日本接着学会誌,Vol.51, No.6, P.200-205 (2015).

(文献7-2https://www.ship-densou.or.jp/hourei_kisoku/gl_use_of_structural_adhesives_j201512.pdf

 

7.2 設計するときに知りたいこと

 例えば、7-1のように、部品Aと部品Bを接着する必要があるとします。接着された部品には最大200Nの引張力が加わるとします。設計をするために知りたいこととしては、次の二つでしょう。

7-1 設計するときに知りたいこと

 

 ① 製品の耐用年数まで使っても、想定以上の不良を生じさせないためには、初期の接着強度はどのくらい確保すれば良いか

例えば、接着部に加わる最大の力が200Nの場合、加わる最大力と同じ200Nで良いのか、2倍の400Nなら良いのか、10倍の2000N必要なのか、もっと必要なのか?

  言い換えると、設計に使える接着強度はどのくらいと考えれば良いのか、ということになります。

ここからは、設計に使える強度のことを<設計許容強度>と表していきます。

 ② 接着強度のばらつき(変動係数Cv)をどのくらいに抑えた生産をすればよいのか。

   初期の必要な接着強度が決まっても、ばらつきが大きければ想定以上の不良を出してしまう恐れがあります。必要な接着強度と共に知りたいことに、ばらつき(変動係数Cv)をどのくらいに抑えた生産をする必要があるのかと言うことがあります。

7.3 設計するときに考えねばならないこと

 接着強度を平均破断強度で考えることは論外です。接着部を設計する時には、次のような点を考慮する必要があります。

① 接着強度の分布の形

② 接着部に加わる力と発生不良率

③ 要求される信頼度

④ ばらつきの大きさ

⑤ 劣化

⑥ 接着強度の温度依存性

⑦ 内部破壊

⑧ 安全率

 

7-2は、設計に使える<設計許容強度>が、初期の接着破断強度からどのように低下していくのかの概念図です。

7-2 設計に使える<設計許容強度>が、初期の破断強度からどのように低下していくのかの概念図

 

初期室温での破断強度にはばらつきが有り、青の分布のように正規分布しています。低強度側の赤く塗りつぶした部分は要求信頼度に相当する累積度数で、耐用年数までに発生する不良品の許容できる発生度数<許容不良率>です。<許容不良率>は、設計の初期段階で設定します。

接着部が種々の環境や応力環境下で使われると、劣化して接着強度が低下したり、ばらつきが増えたりして緑色の分布に変化します。要求されている信頼度、即ち<許容不良率>は変わりません。

また、接着部の温度は、使用温度範囲内で高温になったり低温になったりします。有機物系の接着剤は、温度によって弾性率などの物性が変化すると、一般に高温時に接着強度が低下して、ピンク色の分布となります。(極低温など非常に低い温度で使用される場合は、接着剤が脆化したり内部応力が大きくなるなどで、高温側より低温側で接着強度が低下することもあります。)

さらに、<第6回>で説明したように、真の接着強度は、破断強度ではなく<内部破壊発生開始強度>と考えると、接着強度の分布は、灰色の分布まで低下します。この灰色の分布の赤く塗りつぶした許容不良率の上限強度(言い換えれば良品の最低強度とも言えます)が、接着強度の実力値ということになります。この接着強度の実力値を<設計基準強度>と言います。

接着強度の実力値である<設計基準強度>で設計するのは危険です。考慮されていない低下の要因や種々の条件の曖昧さなども考慮しなければなりません。このような考えられていない要因や条件の曖昧さをカバーするために<安全率>が設定されます。灰色の分布に<安全率>を考慮すると黄色の分布となります。この黄色の分布の<許容不良率>の上限強度が、<設計許容強度>、即ち、設計に使用できる強度値となります。

<許容不良率>以上の不良を出さないためには、<設計許容強度>は、<接着部に加わる最大力>と同等以上の強度でなければなりません。

上記のような接着強度の低下因子を考慮した<設計許容強度>が、初期室温での平均破断強度の何分の一に低下するかがわかると、逆に、初期室温での平均破断強度が接着部に加わる最大力の何倍以上あれば良いかが求まると言うことです。

なお、ここでの強度は、接着される部材や接着部に加わる<荷重値>で考え、<応力値>と考えない方が理解しやすいです。また、<Cv接着設計法>を適用する条件として、<第5回>から<第7回>までで述べた高信頼性・高品質接着達成のための開発段階での作り込みの<目標値>の、初期の<凝集破壊率>は、最低限40%以上確保されていて、<変動係数Cv>は0.10以下になるところまでは作り込まれていることを前提としています。

 

以下に、<設計許容強度>の低下要因と考え方を説明していきます。

 

7.4 <設計許容強度>の低下要因と考え方

1)接着強度の分布の形

Cv接着設計法>では、7.3で記したように、<凝集破壊率>は、最低限40%以上確保されていることを前提としているので、以後、<第5回>6-4で示したように、正規分布しているとして扱います。

 

2)接着部に加わる力と発生不良率

7-3は、赤い山で示した接着強度と青い山で示した接着部に加わる力の大きさの分布を示したストレス-ストレングスモデルです。この図のように、二つの山が交わると、赤く塗りつぶした部分で不良が発生します。

7-3 接着部に加わる力と発生不良率の関係

発生する不良率は、正規分布の確率密度関数から計算することができますが、接着強度の分布は試験によって求められますが、接着部に加わる力の分布は分かっていないことも多いので、計算で求めることは容易ではありません。しかし、設計をする以上、接着部に加わる最大の力Pmaxは設定されているはずです。そこで、ここからは、接着強度分布のPmax以下のものが破壊すると考えていきます。そうすると、図中のピンクの部分で不良率が増加しますが、発生不良率を安全側に見積もることになるので問題は無いでしょう。

 

3)要求信頼度 - 許容不良率 と 許容不良率の上限強度p

<許容不良率>とは、製品の耐用年数までに発生する不良率の許容できる上限値で、設計段階で決められ、1/10万~1/1000万程度に設定されることが多く、数字が小さいほど信頼性の要求が高いということになります。例えば、許容不良率1/100万は、100万箇所接着した場合に、製品の耐用年数までに1個の不良まで許容できるという意味です。

<許容不良率>は、正規分布の確率密度関数f(x)から計算するため、以後、F(x)と示します。

 

 ※正規分布の確率密度関数

図で示すと、7-4に示すように、<許容不良率F(x)>は、正規分布の面積全体を 1 とした場合、低強度側の面積の占める割合ということになります。

7-4 許容不良率 F(x) と、許容不良率の上限強度p

ここで、許容不良率F(x)の上限強度pを考えます。許容不良率F(x)の上限強度pは、良品の最低強度と言うこともできます。許容不良率の上限強度pは、(2)から求めるためちょっと面倒です。ここでは計算は不要です。

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4)ばらつきの指標 - 変動係数Cv と ばらつき係数d

7-5に示すように、平均強度μ と 許容不良率F(x) が同じでも、変動係数Cv(=標準偏差σ/平均値μ)の大きさによって許容不良率の上限強度(良品の最低強度)pは異なり、変動係数が小さいほど分布はシャープな形となり、pは平均値μに近くなります。そこで、変動係数Cvとは別に、直感的にわかりやすいばらつきの指標として、3)式に示すように、平均強度μに対する許容不良率の上限強度pの比率(p/μ)を、新たに<ばらつき係数d と定義します。

ばらつき係数d = p / μ  ・・・ (3)

       p :許容不良率の上限強度(良品の最低強度)  μ:平均強度

即ち、ばらつき係数d1に近いほどばらつきが小さく分布がシャープで品質レベルが高いと言うことです。

7-5 変動係数Cv と 許容不良率の上限強度p

※ばらつき係数dがどのくらいあればよいかの規定はなく、設計段階で決めればいいのですが、<品質>という点で考えると、講師は悪くても0.5、好ましくは0.7程度は欲しいと思っています。

 

7-6は、許容不良率F(x)、変動係数Cv 、ばらつき係数d の関係を示したものです。縦軸はばらつき係数d(=p/μ)、横軸は変動係数Cv(=σ/μ)で、図中の直線は許容不良率F(x)で、直線の傾きは許容不良率F(x)の大きさで変化し、許容不良率F(x)が小さくなる(要求信頼度が厳しくなる)ほど傾きはきつくなります。

7-6 許容不良率F(x)、変動係数Cv 、ばらつき係数d の関係

許容不良率F(x)の直線の傾きは、正規分布の確率密度関数から計算する必要があるため、F(x)Cvd の関係を簡単な式で表すのは困難です。そこで、以後、許容不良率F(x)と類似の意味を持つ工程能力指数Cpを用います。

 

 次回は、7.4<設計許容強度>の低下要因と考え方 の(5)工程能力指数、(6)工程能力指数から信頼性指数へ、(7)信頼性指数,許容不良率、ばらつき係数,変動係数の関係、(8)劣化による接着強度の低下とばらつきの増大、(9)接着強度の温度依存性-温度係数-、(10)接着強度を破断強度で考えてはいけない-内部破壊と内部破壊係数-、(11)安全率、について説明します。

 

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