≪接着・原賀塾≫
講師:(株)原賀接着技術コンサルタント
首席コンサルタント、工学博士
原賀康介
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室温や加熱して硬化された接着部には、室温ですでに<内部応力>が加わっています。室温硬化の場合の<内部応力>は<硬化収縮応力>で、加熱硬化の場合の<内部応力>は<硬化収縮応力>と<熱収縮応力>の和です。
接着された部品が、使用時に高温や低温にさらされると、接着剤と被着材の線膨張係数は異なり、界面では結合しているため、同じように伸び縮みができません。そこで接着部には応力が発生します。このような使用中の温度変化で生じる内部応力を<熱応力>と呼んでいます。
図11-10(A)は、接着されたものの室温における状態で、すでに<硬化収縮応力>や<熱収縮応力>が加わっています。
使用中に低温になると、一般に接着剤の線膨張係数が被着材の線膨張係数より大きいため、(B)のように、接着剤は被着体よりも縮もうとしますが、界面では結合しているため自由に動けず<熱応力>が発生します。接着剤の弾性率は、一般に、低温では室温よりも高くなるため、低温における<熱応力>は想像以上に高いことも多くあり、低温で破壊することもあります。極端な例ですが、接着したものを-196℃の液体窒素中に浸漬すると、ほとんどの場合に接着部の破壊やクラックが生じます。
使用中に高温になると、接着剤の線膨張係数は一般に被着材の線膨張係数より大きいため、(C)のように、接着剤が被着材より伸びるため、室温状態での接着剤の縮みは減少し、<内部応力>は低下します。加熱硬化している場合は、加熱硬化温度付近まで温度上昇すると、硬化後の冷却過程で生じていた<熱収縮応力>は無くなることとなります。
室温硬化の場合で、被着材料の剛性が低い場合には、高温になると接着剤の膨張により、(D)のような鼓型の変形が生じることとなります。ただ、高温で接着剤の弾性率が低下している場合は、大きな変形や応力は生じません。
図11-10 温度変化による<内部応力>の変化
図11-11は、室温硬化型接着剤の温度による内部応力の変化の測定結果の一例です。右図のように、長さ200mmの薄い軟鋼板に接着剤を厚めに塗布して23℃で硬化させます。すると、接着剤の硬化収縮によって、薄板は接着剤側にたわみます。このたわみは接着剤の<硬化収縮応力>によるもので、左図では、23℃で薄板先端が約20mmたわんでいます。その後炉中でゆっくりと温度を変化させて先端のたわみを測ります。室温から温度が下がるにつれて、たわみ量が増大しています。この増大は、被着材の線膨張係数より接着剤の線膨張係数が大きいために生じる<熱応力>の増大によるものです。次に、低温から温度を上げていくと、接着剤が被着材より熱膨張が大きいために、たわみ量は低減し、<内部応力>は小さくなっています。70℃以上でほとんどたわみが見られないのは、接着剤が軟らかくなって力が出なくなったということです。
図11-11 バイメタルたわみ量の温度による変化
上記の点から、使用中の温度で気をつけなければならないのは、<高温>ではなく<低温>だということを頭に入れておいて下さい。高温と低温を繰り返す<ヒートサイクル試験>や<ヒートショック試験>は、接着部の温度変化によって生じる<熱応力>の影響を見るためのものですが、ほとんどの場合、劣化は、高温側ではなく、低温側で生じます。
1)低温での接着部の破壊を防ぐには
① 硬化温度をできるだけ下げる(低温と硬化温度の温度差を小さくするため)
② 低温での弾性率ができるだけ低い接着剤を用いる
③ 線膨張係数ができるだけ小さい接着剤を用いる
④ 接着剤と被着材の線膨張係数差を小さくする
⑤ 異種材接着の場合は、二つの被着材の線膨張係数差を小さくする
⑥ 部品の変形が許容できる場合は、部品の弾性率や剛性を低くして、部品を変形しやすくする
⑦ 接着層の厚さを最適化する(薄すぎても厚すぎても良くない。最適厚さは接着部の構造による。)
⑧ 接着部の長さをできるだけ短くする
2)高温での接着部の破壊を防ぐには
① 接着剤の硬化温度を最適化する(Tgより少し低めの温度で硬化させる)
② Tgができるだけ低い接着剤を用いる
③ Tg以下の弾性率ができるだけ低い接着剤を用いる
その他は、1)の③~⑧と同じ。
図11-12は、薄い金属板の上に接着剤を塗布して室温で硬化させた後に、水中に浸漬して接着剤に水を吸わせたときの変化を示したものです。(A)のように接着剤を塗布して、接着剤が硬化すると、<硬化収縮応力>によって(B)のように反ります。(B)の状態のものを水中に浸漬しておくと、(B)→(C)→(D)と反りは減少していき、やがて逆反りします。これは、接着剤は水を吸って膨張しますが、接着剤と被着材の界面では結合していて接着剤が自由に動けないためです。接着剤やプラスチックなどが吸水して膨張することを<吸水膨潤>といいます。吸水膨潤によって生じる<内部応力>を<吸水膨潤応力>といいます。接着剤が吸水によって加水分解などの劣化を起こしたり、界面ではく離していなければ、(D)の状態から乾燥すると、(D)→(C)→(B)と元の状態に戻ります。
なお、接着剤が水を吸うと、接着剤の弾性率はいくぶん低下します。
図11-12 接着剤の吸水膨潤による変形
図11-13(A)のように、金属やガラスのように水を吸わない被着材を接着した場合は、①のように、接着剤は硬化収縮や熱収縮によって収縮するため、<内部応力>が作用しています。
これを、水中に浸漬すると、(B)のように、水分は周囲から内部に向かって入ってくるので、②の周辺部の接着剤は、接着部内部③にくらべて、短時間に多くの水を吸います。接着剤が水を吸うと体積膨張(吸水膨潤)が生じるため、硬化収縮や加熱硬化後の冷却過程で生じていた接着剤の収縮((A)の①部分)は緩和され、吸水した部分の接着剤の弾性率は低下するため、<硬化収縮応力>や<熱収縮応力>などの<内部応力>は低減します。給水時間が長くなると、(C)のように、吸水した②の部分が内部に拡がっていき、まだ吸水していない③の中央部分は少なくなります。
接着剤の吸水膨潤は、接着剤の厚さ方向にも起こり、吸水した接着剤が被着材を押し上げようとします。このため、吸水していない③の部分の接着剤には被着材に引張られる力が働きます。
図11-13 高剛性部品同士の接着における吸水膨潤による変化
図11-13のように、被着材の剛性が高い場合は、応力によって被着材は変形はしませんが、剛性が低くて曲がりやすい被着材の場合は、図11-14のように変形します。 (A)は、接着剤が硬化した後の状態で、<硬化収縮応力>や<熱収縮応力>によって、被着材は太鼓状に変形しています。(A)の状態のものが吸水すると、(B)のように、接着部の周辺から水分濃度が高くなって、体積膨張(吸水膨潤)と弾性率が低下するため、<硬化収縮応力>や<熱収縮応力>によって生じていた接着剤の収縮は小さくなり、被着材の変形は小さくなります。さらに接着部が吸水すると、(C)のように、接着剤の体積膨張(吸水膨潤)によって、被着材が押し上げられたり、接着の面方向に被着材表面が引張られたりして、被着材は鼓状に変形します。接着層の厚さはそれほど厚くないので、吸水による厚さの増加は大きくはありませんが、薄い平面ガラスなどを接着する光学部品においては、僅かでもガラスが反ると部品が機能しなくなる場合もあるので注意が必要です。
図11-14 接着剤の吸水膨潤による低剛性被着材の変形
図11-13や図11-14のように、水を通さない被着材同士を接着して、接着剤が吸水しているものが、100℃以上の高温にさらされると、吸水した水分が水蒸気になります。発生した水蒸気は、接着剤を通って急速に接着部の外周から大気中に抜けては行かず、界面付近に溜まります。圧力も高いため接着界面ではく離が生じることになります。注意しましょう。
また、接着剤が吸水している状態のものが、0℃以下の低温にさらされると、吸水している水分は氷になり、体積が膨張します。接着の面方向には、吸水前に生じていた硬化収縮や熱収縮によって生じていた収縮が小さくなり、応力は低下します。しかし、接着層の厚さ方向には被着材の端部を押し上げるような力が加わるため、吸水が少ない接着中央部では、被着材によって接着剤が引張られた状態となり、剥離が生じることがあります。注意しましょう。
図11-15は、(A)のように、金属とプラスチック板を接着した場合に、(B)のように、プラスチック板が表面から水を吸って膨張することによって生じる反りによる接着部のはく離を示したものです。プラスチック板は表面から吸水して行くため、プラスチック板がある程度厚い場合には、表面では接着面より水分濃度が高くなります。この状態では、プラスチック板の表面付近は吸水膨潤によって面方向に延びるため、プラスチック板には太鼓状の反りが生じます。この反りによって、接着層の中央部は接着層の厚さ方向に引張られます。接着剤が軟らかくて伸びが大きければ、破壊には至りませんが、硬くて伸びが小さな接着剤では、伸びが反りに追従できずにはく離を生じてしまいます。
図11-15 プラスチック板の吸水膨潤による変形
接着層の厚さが薄い場合には、プラスチック板がわずかに反るだけでも大きな伸び率が必要となります。例えば、接着層厚さが10μmでプラスチック板の中央部の反り量が10μmの場合は、接着剤の伸び率が100%以上なければ伸びが反りに追従できませんが、接着層厚さが100μmあれば、接着剤の伸び率は10%となります。伸びが小さな接着剤では、接着層の厚さを厚くしておかなければなりません。
プラスチックの中でも吸水性が高いポリアミド樹脂(PA,ナイロン)は、条件によりますが飽和吸水率は10%程度にもなり、そのときの体積膨張率は1%程度(均等に膨張するとすると線膨張率は約0.3%程度)となります。例えば100cm長さの板は3mm長くなります。ナイロンの線熱膨張係数は1×10-4/℃程度なので、吸水だけで約30℃加熱されたのと同じ長さとなります。
次回は、被着材の変形や寸法変化によって生じる応力について説明します。
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