≪接着・原賀塾≫
講師:(株)原賀接着技術コンサルタント
首席コンサルタント、工学博士
原賀康介
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11.接着の内部応力
11.7 被着材の変形によって生じる応力
(5)異種材料の嵌合接着におけるクリアランス(接着層厚さ)の変化
穴に軸を差し込んで接着するようなものを<嵌合接着>といいます。例えば、小型モーターでは、ローターの鉄心の外周に円筒状のリング磁石を接着する、アルミ製のハウジングの穴にボールベアリングを入れ込んで接着する、ボールベアリングに軸を差し込んで接着するなどがあります。軽量構造体では、CFRPのパイプと金属シャフトやパイプの接着も多用されています。このような<嵌合接着>では、ほとんどの場合に軸部品と穴部品の材質が異なる異種材接合で、線膨張係数が異なるため、高温や低温で接着部に種々の問題が生じることが多々あります。
以下に、軸部品と穴部品の線膨張係数の大小関係と接着剤の硬化温度(室温硬化か加熱硬化か)の違いによって生じる課題について説明します。
1)線膨張係数が 軸部品A>穴部品B の場合
1-1) 加熱硬化型接着剤を用いる場合
図11-20の【1】は、室温で軸部品Aに接着剤を塗布して、穴部品Bに差し込んだ状態です。この段階では、接着剤が加熱硬化型なので、接着剤は未硬化です。
接着剤を加熱硬化するために加熱すると、【2】のように、軸径も穴径も膨張しますが、軸部品Aの線膨張係数が穴部品Bより大きいため、クリアランス(接着層の厚さ)は、【1】の室温状態より小さくなります。接着剤は、クリアランスが小さくなった分だけ差し込み部の端部から押し出され、小さくなったクリアランス(接着層の厚さ)で硬化します。この状態で、接着剤は硬化収縮を起こすので、接着層には、厚さ方向と円周方向に引張られるような<硬化収縮応力>が作用しています。
次に、室温まで冷却すると、【3】のように軸径、穴径は、【1】の室温状態に戻ろうとするため、【2】の加熱中よりクリアランス(接着層の厚さ)は大きくなります。【2】から【3】への冷却過程では、接着剤の線膨張係数は部品A、Bより大きいため、接着剤の<熱収縮応力>も加わります。接着剤は軸と穴の表面で結合しているため、【3】の赤矢印のように、接着剤には径方向に引っ張られる力が加わります。軸や穴との界面での結合力が引張り力より弱ければ、界面ではく離が生じます。界面ではく離しない場合は、接着剤は、【2】と【3】のクリアランス(接着層の厚さ)の差の分引き延ばされることになるため、もし、接着剤の破断伸びがクリアランスの拡がり量以下しかなければ、接着剤の内部で青矢印のように円周方向に破壊することとなります。
また、径方向に作用している引張り力と円周方向に作用している力によって、【3】に示したように、部品がガラスやセラミックス、焼結磁石などの割れやすい脆性材料の場合は、部品の表面で貝殻状破壊が、複合材料の場合は層間はく離が、めっきやコーティングなどの皮膜上での接着の場合は、素地からの膜剥がれが生じる場合もあります。
使用時に低温になると、【4】のように、クリアランス(接着層の厚さ)はさらに拡がるため、界面でのはく離や接着剤内部での破壊、貝殻状破壊や層間はく離、膜剥がれはさらに生じやすくなります。
加熱硬化温度からの冷却に伴うクリアランスの増大による上記のような影響は、もともとのクリアランスが大きいほど小さくなるので、設計段階で、クリアランスを大きくしておくことが重要です。
使用時に高温になると、【2】の加熱硬化時の状態に近くなるため、界面でのはく離や接着剤内部での破壊や材料破壊は生じにくくなります。
図11-20 線膨張係数がA>Bで加熱硬化型接着剤を用いる場合
【クリアランスの変化の例】
条件 ・軸の半径および穴の半径:10mm(クリアランスはμmオーダーなので無視)
・室温状態でのクリアランス(接着層の厚さ):20μm
・軸の線膨張係数:12×10-6/℃
・穴部品の線膨張係数:0×10-6/℃
・接着剤の加熱硬化温度:123℃(室温23℃から+100℃高温)
・接着体の使用温度範囲 -27℃~+123℃ とすると、
結果 ・接着剤硬化温度でのクリアランスは、軸の半径が12μm大きくなるため、20-12=8μmとなる。
・硬化後23℃までの冷却によって、8μmのクリアランスが20μmに戻るとすると、クリアランスの拡大率は2.5倍となる。
・使用中に低温(-27℃)になると、クリアランスは26μmとなり、硬化温度からのクリアランスの拡大率は、温度差が150℃となるため、26/8=3.25倍となる。
・接着剤は厚さ方向に引張られているため、界面での結合力が弱ければ界面で破壊する。
・界面破壊を起こさない場合は、接着剤の破断伸び率が、室温で150%以下または-27℃で225%以下であれば接着剤内部で破壊が生じることとなる。
・一般の高強度の構造用接着剤ではこれだけの破断伸び率は有していない。シリコーン系接着剤などのゴム系接着剤では適用可能なものもある
改善 ・そこで、23℃でのクリアランスを50μmに広げると、
・123℃におけるクリアランス(接着層の厚さ)は50-12=38μm ←このクリアランスで硬化
・23℃および-27℃まで冷却後のクリアランスの拡大率は、それぞれ、50/38=1.32倍、56/38=1.47倍に低下する
・接着剤の破断伸び率が室温で32%以上または-27℃で47%以上の接着剤であれば、接着剤内部での破壊は生じない。
・この伸び率でも、一般の高強度の構造用接着剤では破壊が生じるが、シリコーン系接着剤などのゴム系接着剤は適用可能
1-2) 室温硬化型接着剤を用いる場合
図11-21の【1】は、室温で軸部品Aに接着剤を塗布して、穴部品Bに差し込んで接着剤が硬化した状態です。この段階では、接着層には、厚さ方向と円周方向に引張られるような<硬化収縮応力>が作用しています。
使用中に高温になると、【2】のように、軸部品Aの線膨張係数が穴部品Bより大きいため、クリアランス(接着層の厚さ)は、【1】の室温状態より小さくなります。この状態では、接着剤には圧縮力が加わるため、接着界面でのはく離は生じません。しかし、この圧縮力は、穴部品Bが円筒状の場合は、円筒に内圧か加わったような力となるため、円筒表面には、円孔状の青矢印のように円周方向に引張り力が作用することになります。円筒状の部品Bが、ガラスやセラミックス、焼結磁石などのように割れやすい材料の場合には、円周方向の引張り力によって外周面にクラックが入って、軸方向に割れることがあります。
使用時に低温になると、【3】のように、クリアランス(接着層の厚さ)は大きくなります。接着剤は軸と穴の表面で結合しているため、接着剤には径方向に引張り力が加わります。【1】の硬化段階で生じた<硬化収縮応力>に加えて、室温から低温までの温度差による接着剤の収縮応力も加わっています。軸や穴との界面での結合力が引張り力より弱ければ、界面ではく離が生じます。もし、接着剤の低温での破断伸びがクリアランスの拡がり量以下しかなければ、接着剤の内部で円周方向に破壊することとなります(図中の青の円孔状矢印)。
また、径方向に作用している引張り力と円周方向に作用している力によって、【3】に示したように、部品がガラスやセラミックス、焼結磁石などの割れやすい脆性材料の場合は、部品の表面で貝殻状破壊が、複合材料の場合は層間はく離が、めっきやコーティングなどの皮膜上での接着の場合は、素地からの膜剥がれが生じる場合もあります。
硬化温度である室温からの冷却に伴うクリアランスの増大による上記のような影響は、もともとのクリアランスが大きいほど小さくなるので、設計段階で、クリアランスを大きくしておくことが重要です。
ただ、1-1)で述べた加熱硬化型接着剤の場合に較べて、室温硬化型接着剤の場合は、硬化温度と低温状態の温度差が小さいため、界面でのはく離や接着剤内部での破壊や材料破壊は少なくなります。
図11-21 線膨張係数がA>Bで室温硬化型接着剤を用いる場合
図11-22(A)は、鋼製の軸に線膨張係数がほぼゼロの円筒状の焼結磁石を室温硬化型接着剤で接着したもので、室温で硬化後、高温に加熱したときの状態です。円筒の表面に軸方向にクラックが生じていることがわかります。図11-22(B)は、円筒の表面に円周方向に貼ったストレインゲージの伸びの変化を示したものです。温度の上昇と共に、内圧によって軸部品が膨張して、円筒表面が引張られていることがわかります。円筒表面の引張り力が大きくなり、円筒表面にマイクロクラックなどがあると、そこから円筒部品が割れていることが良くわかります。
図11-22 嵌合接着における円筒部品の高温での割れ(線膨張係数:軸部品>穴部品)
2)線膨張係数が 穴部品B>軸部品A の場合
2-1) 加熱硬化型接着剤を用いる場合
図11-23の【1】は、室温で軸部品Aに接着剤を塗布して、穴部品Bに差し込んだ状態です。この段階では接着剤は未硬化です。
接着剤を加熱硬化するために加熱すると、【2】のように、軸径も穴径も膨張しますが、穴部品Aの線膨張係数が軸部品Bより大きいため、クリアランス(接着層の厚さ)は、【1】の室温状態より大きくなり、接着剤は、大きくなったクリアランス(接着層の厚さ)で硬化します。
なお、【1】の室温状態でのクリアランスが小さい場合は、加熱によるクリアランスの増大率が大きくなるため、未硬化の接着剤がきれいに流れて厚い層になれば良いのですが、高粘度やペースト状の接着剤では流れにくいため、差し込み部の端部から接着部に空気を引き込んで欠陥部ができやすくなります。対策としては、穴部品を硬化温度付近まで加熱して穴を広げた状態で、接着剤を塗布した軸を挿入して、全体を加熱する方法もあります。
次に、室温まで冷却すると、【3】のように軸径、穴径は、【1】の室温状態に戻ろうとするため、【2】の加熱中よりクリアランス(接着層の厚さ)は小さくなり、接着剤には大きな圧縮力が加わります。圧縮力のため、界面でのはく離は生じません。しかし、この圧縮力は、穴部品Bが円筒状の場合は、内圧か加わったような力となるため、円筒部品Bには円周方向に引張り力が作用することになります。円筒部品Bが、ガラスやセラミックス、焼結磁石などのように割れやすい材料の場合には、円周方向の引張り力によって外周面にクラックが入って、軸方向に割れることがあります。
使用時に低温になると、【4】のように、接着剤に加わる圧縮力は、【3】より大きくなるため、界面でのはく離は生じませんが、円筒部品Bの割れは生じやすくなります。
この場合も、上記のような影響は、もともとのクリアランスが大きいほど小さくなるので、設計段階で、クリアランスを大きくしておくことが重要です。
使用時に高温になると、【2】の加熱硬化時の状態に近くなるため、界面でのはく離や接着剤内部での破壊は生じにくくなります。
図11-23 線膨張係数がB>Aで加熱硬化型接着剤を用いる場合
2-2) 室温硬化型接着剤を用いる場合
図11-24の【1】は、室温で軸部品Aに接着剤を塗布して、穴部品Bに差し込んで接着剤が硬化した状態です。この段階では、接着部には接着剤の<硬化収縮応力>が作用しています。
使用時に高温になると、【2】のように、クリアランス(接着層の厚さ)は大きくなります。接着剤は軸と穴の表面で結合しているため、接着剤には径方向に引っ張る力が加わります。軸や穴との界面での結合力が引張り力より弱ければ、界面ではく離が生じます。もし、接着剤の高温での破断伸びがクリアランスの拡がり量以下しかなければ、接着剤の内部で円周方向に破壊することとなります(図中の青の円孔状矢印)。
また、部品がガラスやセラミックス、焼結磁石などの割れやすい脆性材料の場合は、部品の表面で貝殻状破壊が、複合材料の場合は層間はく離が、めっきやコーティングなどの皮膜上での接着の場合は、素地からの膜剥がれが生じる場合もあります。
使用中に低温になると、【3】のように、穴部品Bの線膨張係数が軸部品Aより大きいため、クリアランス(接着層の厚さ)は、【1】の室温状態より小さくなります。この状態では、接着剤には圧縮力が加わるため、接着界面でのはく離は生じません。しかし、この圧縮力は、穴部品Bが円筒状の場合は、円筒に内圧か加わったような力となるため、円筒表面には、円孔状の青矢印のように円周方向に引張り力が作用することになります。円筒状の部品Bが、ガラスやセラミックス、焼結磁石などのように割れやすい材料の場合には、円周方向の引張り力によって外周面にクラックが入って、軸方向に割れることがあります。ただし、2-1)の加熱硬化接着に較べると、硬化温度と低温の温度差が小さいため、円筒部品表面の引張り力は小さくなります。
なお、上記のようなクリアランスの増大や減少に伴う影響は、もともとのクリアランスが大きいほど小さくなるので、設計段階で、クリアランスを大きくしておくことが重要です。
図11-24 線膨張係数がB>Aで室温硬化型接着剤を用いる場合
3)嵌合接着での内部応力に影響する因子と対応策
① クリアランスの大きさ(接着層の厚さ)
・上記1)2)のいずれの場合でも、接着剤塗布前のクリアランスはできる限り大きい方が、温度変化によるクリアランスの変化率が小さくなるため望ましい。クリアランスの大きさは大きな要因です。
② 軸部品と穴部品の線膨張係数の差
・できるだけ小さい方が望ましい。
③ 軸径、穴径
・できるだけ小さい方が、温度変化によるクリアランスの変化量が少ないので好ましい。
④ 接着剤の物性
・破断伸び率が大きいほど好ましい。
・弾性率が低いほど望ましい。
・硬い接着剤では、ガラス転移温度(Tg)が低いほど好ましい。
⑤ 接着剤の硬化プロセス
・加熱硬化を行う場合は、できるだけ低い温度で硬化する。できれば、硬化後の接着剤のガラス転度温度(Tg)以下の温度で硬化させるのが良い。
・室温硬化型接着剤では、使用温度範囲の上限温度、下限温度と硬化温度の差が小さくなるように、室温にこだわらず、中温硬化などを考える。
・加熱硬化後は、応力緩和時間を稼ぐために、ゆっくり冷やす<徐冷>を行う。この点は重要です。
次回は、内部応力に影響するいろいろな因子について述べます。
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